みそひともじ千鳥足
かぎりある命のかぎり蝉時雨
10 | 2009/11 | 12
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近況
宅建とったで〜。
ただいまオッチーの家に居候。
仕事は継続。元気でおます。

黒金も黄金も珠も何にせむけふのうんちに優るものなし
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おぢさんは怒っている。激しく怒っている。
おぢさんは興奮のあまり思わず立ち上がり、火のごとき口吻で抗議しようとした。しかし見回してもこの正義に同調する者は誰もいない。
「くそ、小市民め!」
おぢさんは舌打ちして水をガブリと飲み、虚しく矛を収めた。ドスンと座ると、怒りのために激しく震えた。身もだえしてやり過ごすと、今度は鼻水がずず〜〜と出た。遂にこの砦も陥落か。
「何たることだ! 神も仏も死に絶えてしまったか。いよいよ世も末だ」

順を追って話そう。怒りの根源は40年の彼方にある。歴史を遡り、ラディカルに問う。
同志諸君! 君らも知っていよう。40年前、すでに「のり一」はあった、この写真のままの姿で。
40年前のおぢさんは若者だった。そして同志諸君、君らもまた、若者だった。
賢明なること豚のごとき諸君、君は覚えているだろうか?
「そもそもの初め、のり一は五拾円だったのだ!」嗚呼、この厳然たる事実。
40年前、百円札を握り締めこの暖簾の前に立ったあの日から、おじさんはず〜〜とのり一のフアンだった。考えても見たまえ。定食が百円であった時代、のり一の五拾円が如何に貴重であったかを。
おじさんは思い出す。20円の電車賃を惜しんで唐湊から天文館まで歩いたこと、のり一のラーメンを食って歩いて帰ったこと。爾来のり一はおぢさんの太陽だった。
貪欲なること海驢のごとき諸君。
おぢさんは知っている、この華繁な町で市価の半分で看板を維持することが如何に困難であるかを。故にこれまでの値上げにおおいなる理解を示してきた。百円になった時も。二百円になった時も。
そしていつものり一は「安くで空腹を満たしている」どこか申し訳ない顔をしたお客でいっぱいだった。
真ん中に仁王立ちのおぢいさんが、鼻をずーずー啜るのにも誰も文句をつけなかった。なぜなら「有り難い」思いがあったから。今真ん中に立つあの若者はあのおぢいさんの孫だろうか。
天文館ラーメンの名店に名を連ねることもなく、ひっそりと馬齢を重ねた「のり一」よ。ひそかなフアンは泣いている。せめて300円に戻してくれ。おぢさんはその心意気に100円をカンパする。


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どこからでも見れるようにここに置かせてね〜
http://www2u.biglobe.ne.jp/~tk-club/tukaikata/honshiken.htm
すすめ老人ぱるちざん共生こみゅーんここに始まる
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突然おっち〜が大きな箱を抱えてやってきた。
「お、意外と早かったな」と思ったから、満面の笑みで迎えた。この黄昏時、いとこ同士背を向け合って生きていくのはつらすぎる。どこかで折り合いをつけないと孤独な老後が待っている。反目の期間は一ヶ月から三ヶ月と睨んだ。案の定、約一ヶ月で手打ちだ。目出度い目出度い!
一度謝っているからこちらからは和解の方法がない。三ヶ月を過ぎると、この反目が永遠になる恐れがある。どうしたものかと思案してたら、来た来た。「かつをを背負ってきた」 これからは車の両輪のようなもので、こいつと一緒に生きていく。おっち〜がいないとおいらの老後は始まらない。
持参の鰹を肴に、これまたご持参の瓶ビール6本で足りず端麗生を買いに走った。なにかにと言い訳はせず乾杯、また乾杯。これですっかり元に戻った。酒飲みのいいところは酒であっさり流せること、うじうじと何時までも引っ張らないところがいい。意気投合して話題に昇ったのが川辺の土地。
「あのままではいかんじゃろう」
「ありゃあ節子は何の関心もないんじゃあ。好きにしてくれと言うとる」
「家が建てられんのは仕方がないが、開発許可がおりんのか、調整区域なのかどっちなんや」
「わからん」
「わしなぁ、冬にサカタで買うた花桃が枯れそうなんや。あそこに移したいな」
「好きにしてええ、言うんじゃから桜も桃を梅も植えればいいがな」

と、ここまでは数日前の話。昨日行ってみたらずいぶん荒れ果てていた。写真は一日働いた後の情景。20年手が入っていないから、すべて元に戻すにはまだまだ数日を要する。ただ桃の苗を植えるほどの空き地は確保した。花桃が枯れそうになったらすぐ移さなければならないが、まだ日差しが強いので秋口のつもりで花木や果樹を植えてみたい。
山桃や蘇鉄や桜など実生で育ててもいいが、花実がなるまで生きているかどうかが問題だ。まぁそれでもいいか。10年後20年後に息子や娘や孫が花見に来て私を思い出してくれたら本望だ。月15日の隠居仕事になっているので、時々出かけて整備していきたい。冬野菜の準備もできるかも。
そのうち土地に定着しない家やベランダを考案してやる。同時に騙されて一区画300万とか400万で買った人々の気持も代弁してみたい。買うについて過失はあったかもしれないがほとんどがここに家を建てることを望んでいた勤労庶民なのだ。救済の方法はないのかぁ? てめぇこら、鹿児島県知事!


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スパランドららら
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ちょっと遠出をしたくなった。
最近動体視力と反射神経の衰えを感じて、運転は極力避けている。ちょっと前なら女房に「危なっかしいから運転替わって!」などと言われると「むっ」ときて怒鳴りつけていたものだが、最近は「そうかいそうかい」「あいよあいよ」とにこやかに退くことができるようになった。やかん老人も大人になったと言うべきだろう。
さて本日はあいにく連れ合い殿、水族館のアルバイト。運転手なしだが、田舎道なら急かされることも追われることもないだろうと、パンツとシャツと石鹸と手拭を放り込んで北へ車を向けた。三号線を北上して郡山で右折、いくつも山を越えて北薩を周遊するつもりである。
まず前々から気になっていたスパランドに行くことにした。がらくた市か特産市で一度行ったことはあるのだが、中に入るのは初めてだ。それにしても、「どうしてこんな辺鄙なところに…」と思うほど、奥まった処にある。案内板を目印に行ったのだが、何度も道に迷ってしまった。

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とは言うものの、公共施設だけあって豪快である。「おら遣え、やれ遣え」と札束を放り込んでいる。民間みたいにちまちましていない。ナイター設備付の野球場、サッカー場、プールも併設して、1000台ほどの駐車場も完備してるが、訪れる人はちらほら、閑古鳥が鳴いている。サッカー場は年に何回使われるのだろう。こんなに遠くでは練習場にするわけにもいくまい。
いやいや、けちはつけるまい。お陰さまで皮肉老人も命の洗濯ができるというもの。

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おや、赤いヤッケを着たお嬢ちゃんですか? 駆け寄ったらお姉さんだった。どうもまた近眼がすすんだようだ。

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水泳パンツを持ってこなかったので、プールには入れなかった。だが貸切の温泉で大満足。400円とちと高いが2時間粘ったから元は取った勘定だ。中は至れり尽くせりで皮肉もでない。ソープもただ、シャンプーもリンスもただ。湯船には熱い湯から温い湯まで温度を表示して、きれいなお湯が溢れている。洗い場がブースに区切られているのがいい。隣の人にお湯や石鹸がかからないか、ちんぽこを覗かれないかとおどおどする必要がない。シャワーもしょぼしょぼと途切れることなく、適温が豪快に出る。引き戸を開けると露天風呂。滝の飛まつを浴びて入浴しては木陰で真裸でまどろむ、これを繰り返すこと3回。雲の上の仙人の境地に至った。
脱衣場に上がるとヘアートニックとヘアーりキットと書いた小瓶がおいてある。橋本竜太郎のポマードとは違うんかい。どっちがどっちかわからんから両方振りかけてやった。頭がスースーしていい匂いがする。ドライヤーもただだ。100円入れる穴がない。
いい気持で風呂を出て、受付を見たら「宿泊も受け付ける」とある。「へぇ、3000円ぐらいで泊まれるなら泊まってもいいな」と尋ねてみたら、7000円だと。そんなあほな。

テーマ:鹿児島 - ジャンル:地域情報

大風も来んでよござんした黄金色の稲田から母が手を振る父が手を振る
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いむた池にて

おっち〜が怒っている!
もう永らくお誘いがかからないし、あれほどシゲくかかってきた電話もない。どうも非はこっちにあるらしい。らしいというのは「これこれこう」と指摘されたわけではないので、類推する外ないからだ。
発端はあの日に遡る。
「お〜い、おっち〜。笹の葉来とるぞ」
「ほぉ、そうか。飲まんばじゃなぁ。十徳で待っとってくれ」
そういうわけで、私たちは六時に十徳に着いた。「どうせアイツは時間にルーズで遅れるに決まっている」と二人でぐびぐびやり始めたのがいけなかった。話は弾む、ビールは旨いですっかりできあがってしまった。三人になって言ったこと、やったことの記憶はおぼろだが、もともと飲むと人間が正直になるほうで、ずいぶん辛らつなことを言ったかもしれない。仲良く酔っ払っていれば気にするほどのことでもないが、おっち〜は素面に近い。
まず開口一番、「なんだ。ちっとも増えとらんじゃないか」とやってしまった。すっかり禿げ上がったのを気にして苦心惨憺してるのに私も意地悪だ。何分にも酒が言わせた言葉である。これでまずカチンと来たらしい。
酔っ払いは相手の反応に鈍感だから、次から次に矢玉を繰り出す。あれもこれもと思い返すとはなはだ無礼、余計なお世話だと反省する。気分を害するのも無理はない。営業畑で感情を表に出さない人なので私もつい調子に乗った。たぶん愉快な酒ではなかっただろう。
翌日メールで謝ったが、うんともすんとも言ってこない。
一週間ほど後、笹の葉からメールが入った。酔っ払ってベッドから転げ落ち、肋骨を二本折ったという。随分気弱なことを言うから、「災難は気力の衰えから。喝!」とメールしたら、これも返事が来なくなった。自尊心を痛く傷つけられたのかもしれない。言葉というのは難しい。
「口は禍のもと」「酒はほどほど」をあらためて噛み締めるやかん老人であった。

これははなはだ荒っぽいが、正論も含んでいる。
阿久根市長のブログ
蛍来い来い手の鳴る方へ閻魔の門前ハァ市をなす
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あはれ、花桃の運命は… 

寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!
ずどんずどんと派手な政権公約打ち出して、各党切り結ぶ2009年盛夏。
なんだこれは! 継ぎはぎだらけの見栄えのよいスローガンだけ並べて利益誘導に走る亡国の亡者ども。この国に百年を見据えた、見識ある政治家はおらんのかぁ!

つい先日、笹の葉を迎えに港に出たら、サダオが港をうろついていた。こざっぱりした身なりに、鳥打帽など瀟洒にかぶって私らより数段若々しい。
「何しとるんだ、お前。姿くらましてみな心配しとるど〜」
 ふん、山谷ブルースに言われたくないわい。
山谷、寿町、釜ガ崎、築港と渡り歩いた筋金入りの無一物無尽蔵が、日本列島を南下して尾花打ち枯らして故郷に舞い戻ったのはいつのことだったろうか。私はずいぶんと世話を焼いたものだ。当時子供は巣立ち女房も逃げ帰っていたので、家も絶えたサダオは私の寓居に転がり込んだ。寝たり起きたり、「なるようになる」と達観して毎日をぷらぷら過ごしていた。大きな借金を抱えて四苦八苦していた私には誠に羨ましい生活だった。その優雅な日々を「山谷ブルース」と命名したのも私である。
もともと私の生まれ在所の数軒隣の農家の出で、同級生である。子供の頃は二人して山や川で遊んだものだが、金の卵で東京に出たその後を私は知らない。「ずいぶんと美味しい思いもした」と本人は言うが、どうだったのだろう。会社がつぶれたとかで、ホームレスになった。その後はお決まりのコースである。
故里に帰っても腰を落ちつけるという風もなく仕事を探すそぶりもない。毎日散歩と称して出かけていき、なにかにとおかずは買ってくるから多少のお金は持っていたのだろう。一ヶ月も経ったころ、「おりゃあやっぱり東京に行くわ」と飄然と出ていった。私のせかせかした暮らしぶりに愛想をつかしたか、それとも手許があやうくなったか、あるいは故里はせちがらく、ついの住処として適当でないと思ったのだろうか。
半年ほどして忘れかけた頃、何の前触れもなく舞い戻って飯を炊いていた。
聞けば、鹿児島に渡ったものの行く当てもなく、橋の下で寝ていたら警官に誰何されたそうだ。これがS学会の会員だったようでその後はとんとん拍子、K党の市議に引き渡され、アパートの借り上げから生活保護の申請、細々としたことまで全部面倒見てくれて鹿児島で暮らすことになったという。美談である。恐るべしS学会。
数年ぶりに会うサダオは血色もよく、ふっくら太っている。墓参りにいくため切符を買いに来たそうだ。
「おめえ、まだこせこせ働いてるんか。俺なんざあれから一度も働いとらんぞ」と福福しい笑顔を向けてくる。
「こんちくしょう」と思うが返す言葉がない。頬の殺げた笹の葉がトッピーを降りてきたので、「またな」と言って別れた。あれも人生、これも人生。


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やまとやかん yakandesu@pure.ocn.ne.jp
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