多少の訂正をする。
島津一門家、今和泉の屋敷は指宿と書いたが、今日読んだ原口泉著「篤姫」によると鶴丸城の北数丁の大滝付近にあったとある。指宿は陣屋であって、通常はここに居住した。鍛冶屋町とは目と鼻の先、あるいは若き日の篤姫と西郷大久保の間に往来があったやも知れぬと、NHKを揶揄した先の一文を取り下げることにした。しかし前述したように、時の厳格な身分格式を思うと一門家の姫娘、一所持ちの肝属尚五郎、下級城士大久保西郷の間に親交があったとは考えにくい。もう少し年月を下ればこの四人には接点が見えてくる。
すなわち、西郷が斉彬によって庭役に抜擢され、篤姫輿入れの用度を整える時期。斉彬の実子(嘘である)として鶴丸城に入り嫁入り修行に努めた三ヶ月の間に顔を合わせるということはありえる。肝属尚五郎は小松家に養子に入り、小松帯刀となった。これも吉利を治めた地頭であるからそう簡単に交友が芽生えることはない。西郷大久保らの誠忠組との係わりは斉彬没後、家老となる前後だろう。
原口泉さんは「飛ぶが如く」「琉球の風」、今回の「篤姫」の時代考証を担当した人で、なかなか語り口が面白い。長女の指導教官でもあったので親しみを感じている。
トレイダース証券から5000円の商品券が届いた。昨年10月から12月まで開催されたネットダービーで入賞したのだという。昨年末の下げ局面で「あれよあれよ」という間に大損こいてもう為替取引はやっていないが、仮想マネー300万円をもらって実際の取引をする遊びにはまっている。昨年は結局20万ほどの利益しか出せなかったがそれでも5000円もらえるのなら末恐ろしい。今年は快調に飛ばしている。期間半ばですでに150万円、この調子なら3ヶ月で倍になる勘定だ。ダントツ一位で、ホームシアター貰えるかも。まさに濡れ手で粟、ノーリスク、ハイリターンだ。しかも遊べる。みなさんもやって見ては如何? どこの証券会社もやってるよ。
はぁあ、しかし何だな。何をするにしても貧乏人は駄目だな。動かせる金があれば3ヶ月で300万儲かっていたということだからな。余裕がなくてちまちまと売り買いするから長いスパンのトレンドに乗れない。恐るべし金が金を生む魔術!
自分から告るのも変な話だが、酒乱である。通常は静かな酒なのだが、弾みがつくと止まらない。見境なく行き着く処まで行ってしまう。ふと我に還ると見知らぬ家に寝ていたりする。我を忘れるなど大いに恥ずかしいことなのだが、時には幻覚を見て山中を一晩中彷徨うなんてことがざらにある。トラ部屋にも一度ご厄介になった。
下戸家の居候になって、ここしばらくは鳴りを潜めていたのだが、つい先日またやってしまった。
くどくど弁解するのはよそうと思う。それこそ酒飲みの自己弁護ではないか。みっともない。
で、禁酒することにした。無期限というわけではない。そんなことできっこない。まぁ取り敢えずは一ヶ月。それで禊が済まないのであれば更に一ヶ月。
もう何年前になるのだろう。友達、取り巻き、働いている人、あまた引き連れて花見に出かけた。おりからの朧月、月明かりの中花そっちのけで飲めや歌えのドンチャン騒ぎ。飲んだ焼酎5本、ビール2ケース、その後は覚えていない。カラオケなどというものが流行る前のことだ。手拍子で歌い、皿を叩いて踊った。全員が立ち上がって踊っていたような記憶がある。
ふと目が覚めると誰もいなかった。
だいたいが性懲りもなく酩酊するのは嬉しい時だ。先日も怪しい蕎麦屋に連れ込まれ、怪しい人々と意気投合し狂った。そして目覚めて激しく嫌悪する。
嗚呼、酒は飲むべし百薬の長。飲まれて狂へば百害の…あきまへんなぁ。
南大門が焼けた。朝方階下から「南大門焼失」というメールが来て、あわててテレビを点けたら盛大に燃えていた(ビデオ)。
正月四日午後、親子四人で南大門市場一帯を歩いた。門もくぐって衛兵の交代儀式も見た。まだ記憶に新しいだけに画面の真っ黒に焼け落ちた無残な姿が痛々しい。何時の日か復元するにしても、もう400年前の創建当時の姿を見ることはできない。例えば日本の金閣銀閣が焼け落ちるほどの損失なのではないだろうか。
祖父が残した遺稿によると終戦直後、私の家族(母、兄弟、祖父母)はこの南大門の一角にいたはずである。警察官であった父をソ連軍に連れ去られ、私の家族は肩を寄せ合って帰国の日を待っていた。ソウルに来てこの門を見て感慨は深かった。すでに祖父祖母父母長兄次兄三姉がこの世にない。
メヒルギは種子島が北限だと思っていた。先日喜入の河口に小群落を見つけて、「うぬぬ!」とばかり小躍りして駆け寄ってみると、小さな立札があってちゃんと「メヒルギ」と書かれていた。熱帯のマングローブが九州本土に自生して、しかも誰も目もくれないのに驚いた。
メヒルギは塩に強い。本来は大きな川の河口付近でちょっとした密林を形成するが、喜入のそれはほんの一握り、ひ弱な群落である。放置すればやがて消え去るだろうと心配した。まぁ、やかんさんには関わりのないことではあるが…。
メヒルギは樹上で胎生した種子が発芽し、それが落下して泥上に突き刺さって定着する一風変わった植物である。もっと北の阿久根あたりにもあるのではないか? 見つけたら北限の第一発見者は私……。
桜島、噴煙もくもくと近年になく活動旺盛。そろそろ噴くか?
寒さも峠を越したのだろうか、一度も雪を見ることなく二月半ばになってしまった。
一昔前までは新暦と旧暦を併記する暦があり、私はこれを愛用した。最近は太陽暦だけしか載っていない。潮を見るにも一苦労する。農事、漁労、遊楽、どれをとっても日本人に月齢は欠かせない。月の満ち欠けは体内のバイオリズムと密接に関係しているように思う。
明日は旧正月、新春というにふさわしいのは旧暦元旦だろう。。「寒さも峠を越したな。いよいよ春だ。新年おめでとう」というのが本来の年賀だったのではなかろうか。瑞穂の国は陰暦でないと季節感がしっくりしない。
大仰に言うようだが、私が旧仮名を用いるのは暦に違和感があるからである。明治ごろまでの2月6日とその後では、明らかに感じが異なる。その時代に生きていたわけではないのだが。
さてしばしの小閑を得て沈思黙考結跏趺坐、ついに大悟あり。閑居して「不善を為す」前に動かねば…。またぽつりぽつりの弾き語りになりますが、ときおりはご来駕賜り足跡お残しいただきたく伏して願い上げ奉り候。
藤川天神に行ってきた。臥龍梅の梅園で知られていて前々から足を運んでみたいと思っていた。東郷町にあるということだけは頭にあったのだが、東郷町(現在は薩摩川内市)がどこにあるのかわからない。地図を頼りにどうにかたどり着いたが、おりから霰交じりの雨が降り出して風雅を愉しむいとまもなく早々に引き上げた。
梅は二分咲き、まだまだ春は遠いようだ。ただし鳥居の傍らにある桜が満開なのに驚いた。見た目はまったく変わりないのに、梅に先駆けて咲くとはどういう神経の持ち主だろう。ふてぇ野郎だ。こういうのがいるから世の中丸く収まらない。
臥龍梅というから、龍がのた打ち回るような地を這う古木を想像していたのだが、さほどの古さは感じられず梅園も思ったより狭い。こりゃ誇大広告だな。文句の一つも言いたいところだが、ま、人に先んじて桜を見たのだからそれで埋め合わせすることにした。
天神というからには祭神は菅原道真、北野天満宮から勧進したものだろう。大宰府に左遷され、恨みを呑んで世を去った菅原道真が今わの際に詠んだのが次の有名な一首。
「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなきとて春を忘るな」
やっぱり「天神様は梅」と昔から相場が決まっている。
左大臣か右大臣を狙っていた道真だから、都落ちは藤原氏の陰謀と映っただろうが、しかし大宰の卒という仕事、考えようによってはそれほどの閑職ではない。九つの州の長官だから福岡大分長崎佐賀熊本鹿児島宮崎の7知事を合わせた権限を持っている。その上いくらでも私腹を肥やすことができたはずで、地方勤務を好んで財をなした奸賊は多いのではないか。
私なら喜んで田舎に下り、毎晩飲めや歌えのドンちゃん騒ぎ、威張り放題、酒池肉林。任期明けは大金抱えて意気揚々と帰るがなぁ。
だいぶ前大宰府に行ったことがあるが、何故かこの梅の木を見た記憶がない。あるものなら一度見てみたい。まぁどうせ由緒など嘘八百丸めた反故に過ぎないが…。
|