
本棚の中にずいぶんと昔の冊子が紛れ込んでいた。「種子島研究」鹿児島県立種子島高等学校郷土研究部…。奥付は「昭和53年9月19日発行」となっている。手にとって眺めていると、当時の記憶が甦った。
町の片隅に小さな印刷屋を開業して一年かそこら、まだお得意さんも掴めず四苦八苦しているさなかに舞い込んだ仕事だった。勢い込んで全文写真植字印字で臨んだ。和文タイプ全盛の時代、おそらくは出血覚悟の決断だったろう。受注価格はそれに見合うものではなかったはずだ。
今見ると恥ずかしい出来ではない。図版も写真もよくできている。文字切れもいい。最後のページに自社広告が掲載されている。赤ちゃんのカットの上に大きく「そだててください。あなたのまちのもっぷる舎」。見て思わず笑ってしまった。
今では笑い話だが、実はこの冊子の印刷については忘れられない思い出がある。
校了後納期一晩を残して、私は投光器の前で転びガラスに肘をついてしまった。創は骨まで達し出血が止まらない。町に外科は一軒だけ、その中目医者はもうしたたかに飲んでいた。呂律もおかしかったが、それでも酒の匂いをプンプンさせ、一針毎にため息をつきながら縫ってくれた。三十年経った今でも、縫い傷を見るたびにもう故人になった中目さんの顔を思い出す。
お陰でどうにか処置はできたが、帰りついたら時刻は午後十時過ぎ、納期まで十時間をきっている。駆け出しの未熟者、せめて納期は死守したい。しかし私の右手は使えない。片手で印刷機は操れない。さんざん迷った末私たちは決断した。
「俺の右手になってくれ…」
それから泣きべその神さんと二人三脚で印刷をはじめた。
「給紙オン!」
「給紙!」
「胴入ります!」
「給紙オフ!」
明け方に印刷を済ませて製本、二時間遅れで高校の正門に駆け込んだ。
私も神さんも若かった。あの頃に還りたい。もう少しは優しくなれたかも……。


